ある人のブログを読んでいたら、
「今日は休み。 一日主夫をした。 楽しかった。」
というようなことが書いてあった。
世の中には、こういうタイプの人がいる。
しかも、男である。
別に差別をするわけではない。
むしろ、男なのにすごい、と感服する。
家事をして、楽しいとか充実感を感じる人。
また、仕事をして、同じように感じる人。
もちろんバランスがあって、いつも仕事ばかりしている人が家事をたまにすると楽しく感じるとか、逆のパターンもあると思うが、えてしてざっくり言うと、この2つのパターンがあるように思える。
誰もが、好きなことだけして、生きているわけではないと思う。
楽しみながら、やっていること。
やらないといけないから、やっていること。
私にとって、楽しみながらやっていることは、まず第一に仕事である。
私は、自分の仕事が大好きで、楽しい。
今日は7レッスンあったが、どのレッスンも楽しかった。
私が楽しくないと感じていたら、生徒さんが楽しいと感じるわけがない。
仕事が楽しいと感じられることというのは、とても幸せなことだと思っている。
仕事に費やす時間は、人生の中で膨大であるし、楽しいと思っていることで、お金をもらって生きていけるということは、人生最大の幸せのひとつに入ると思う。
そして、できればやりたくない、でもやらないといけないからやっていること、それは私にとって家事である。
これは、もう人間の特性であるので、しょうがない。
特性なのか、今までの経験からそうなったのか。
うちの母は、
「小さいころから、なんでもやってあげすぎたのが、よくなかった。」
と言う。
そうかもしれないね。
うちの母は、
「勉強を一生懸命がんばれ、仕事を一生懸命がんばれ」
というタイプだから、その反動で、家事が苦手な子が育ってしまったのかもしれない。
何がいい、悪いはないと思うが、毎日やってくる家事に苦しんでいることは確かである。
今日の一日で言うと
朝10時から レッスンスタート
夕方20時まで 7レッスン
朝は7時に起きて、朝ごはんを準備する。
と言っても、目覚ましが鳴って15分ほどだらだらしていたために、パンと牛乳だけの朝食。しかも娘は、パンがあんまりおいしくないと言って、あまり食べなかった。
レッスンの合間の45分でランチ。
お弁当屋さんに行ったが、完売していて、サラダしか購入できず。
仕方なく、家に帰り、サラダだけ食べてみたが、満足できず、ベーコンエッグを作って食べる。
白ご飯が食べたかったが、ないのであきらめる。
この空き時間で、娘の晩御飯のご飯を炊く。
夕方の空き時間20分で、娘の晩御飯のお弁当を作る。
夕べ、旦那が買ってきた餃子とご飯といちご。
よしとする。
仕事が終わって、20時半に娘を迎えに行き、明日の遠足のお弁当のおかずをスーパーにて買い物。
あせりながら、お風呂に入り、娘に一人で寝るように言うと、眠かったらしく、すぐに一人で寝た。
娘が寝たのを確認して、22時から明日の遠足の準備。
ブロッコリーをゆでながら、洗い物をしたりしてると、ブロッコリーをゆですぎる。
いつもこういうはめになる。
だんなは仕事で遅いので、登場せず。
そんな私の日常。
かと言って、夕方のレッスンがなかったので、今日は手の込んだ煮込み料理をしてみました、とは決してならない。
レッスン以外のことが、とても大変に感じる。
娘に弁当を作っていることが幸せ。。。とは、ぜんぜん感じない。
いかにバランスよく食べ物を食べさせるか、ということだけを考えながら、使える時間の中で、自分なりにがんばってるつもりだが、他のお母さんからしたら、ぜんぜん不合格なんだろう。
だけど、私は私なりに、家族のために不得意な家事をがんばっており、楽しい仕事もあり、それが私の生活である。
明日は、娘との遠足。
「楽しみーー」
という感覚より、
「ちゃんと早起きしてある程度の弁当が作れるか?」
という気持ちが強いが、がんばろうと思う。
こんなママもいるのです。
ママになった以上は、文句なしで、少なくとも後十数年間はがんばらないといけないのです。
それが、家族をもった責任なのであり、家族をもったからこそ与えられる幸せ感の引き換えに、がんばるのです。
娘と、山盛りの洗濯ものと。