くじらのしっぽ
船の上の生活は、ある意味、非現実的なものである。
二十四時間何にしばられることもない。いろんな国のことを学ぶ講座に参加する人もいれば、エアロビ教室でワンツーワンツーとスポーツに精を出す人もいれば、部屋にひきこもり、いまさら冬ソナにはまったりしている人たちもいるわけである。
そういう中で、今、南極付近をとろとろと走っているという状況で、このクルーズでも少し特殊な3日間を過ごしている次第である。
なぜかというと、いろいろな珍しいものが、船から見えるそうなのだ。
例えば氷河、例えば沈没船、例えばくじら、という、かなりレアなものが、デッキから見えたりする。
しかし、地球の果ての南極。『南は暑い』という浅はかな知識によりいつも薄着の私にはとくに、この寒さはこたえる。
デッキから外に出ると、山は雪に覆われ、風は冷たくひゅーひゅーふいている。
冷たい雨が降るときもある。
気温は太陽のかげんで0度から十度くらいの差があると思われるが、とにかくいくら南極付近でしか見えないレアなものだからといって、ずっとデッキで待機しておくことは、とうてい不可能なのである。
そこで、どうやってみなさん、それらの南極のレアな
産物を見るかというと、船の中で、放送が入るわけである。
「ただいま右舷側デッキにより、氷河をごらんになれます。」
とか、
「ただいま左舷側デッキにより、沈没船が二隻ごらんいただけます。」
とかいう具合だ。
そういう放送があるたびに、八百人の乗客は、船のいたるところから、すたこら走って、放送によって指示された場所へと急ぐわけである。
ところが、船は動いておるし、はたまた見る対象も動くものであったり、小さいものであったりすると、発見してすぐにみんなに知らせないと、すぐに手遅れになる。
放送するスタッフ側も、時間的なタイミングがなかなか難しいようで、午前六時に、
「ただいま、前方デッキにて氷山の上に立つ十字架がごらんになれます。顔を洗っているひまはございません。」
という具合に、丁寧にみんなをたたき起こしているくれるわけである。
あたしたちのように、先日の寄港地、ウシュアイアという南極に一番近い町で、ワインやらカクテルやらチョコレートやらチーズやらを調達して、夜中の三時まで酒盛りをしておる集団もけっこういるわけで、そのような者は、放送とともにせまいベッドから飛び起き、無言で服を着込み、ダッシュで階段を駆け上るということを、一日に何度も繰り返すわけである。
はあはあ言いながらものすごい寒いデッキにたどりつくと、
「だめだめ、もう」
とか、
「放送が遅いよ」
とかいう、すでに待機していた冬マニアな人々の声が聞こえて、がっかりしながら、またベッドにもぐりこむということも少なくない。
もういいよと思いそうになる心を必死で押さえながら、戦時中の非難サイレンさながら、放送とともに飛び起き、寝起きの状態で出る最高のパワーと情熱をもって、南極のそれを見に行っている次第である。
今までの戦利品は、氷河三つと、沈没船一隻である。
くじら、いるか、十字架など、動くものや、小さいものはまだお目にかかっていない。
このような戦いの日々は、百一日クルーズの中でも三日間しかない。
残るは一日半、ジムで鍛えたこの足で全力で走り、くじらのしっぽでもお目にかかれることを切に願っている。


