ウシュアイアという町を知っているなら、かなりの旅行通か、かなりの地理マニアであるに違いない。私はそのどちらにも属さないので、全く知らないし、また、あまり興味もわかなかった。
岬マニアのゆうさんによると、南極に一番近いアルゼンチンの小さい町で、「世界の果て博物館」があるということだった。孫に、ペンギンのぬいぐるみを買うんだと、ゆうさんははりきっていた。
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そこには、アルプスの少女ハイジを思わせる雪山が広がっていた。一週間前まで暑い国にいた私は、初めて冬の良さに気付いた。
なんといっても、空気がきれいで、澄み渡っている。
空の青が、雪山の白と調和して、なんとも爽やかだ。暑くてじっとりとした夏の日に比べると、晴れた冬の日はとてもすがすがしく、気持ちのよいものだと、小さな発見に小さく感動した。


私も、ビーチにビキニにハイビスカスは卒業かと、しみじみ実感した。
端から端まで歩いても三十分という、小さくてカラフルな町を歩いているだけで、うれしくなる。
女心をくすぐる、ピンクやうすい黄色などのパステルカラーの家が目立つ。後ろにそびえる広範囲に広がる雪山が、この町の印象を強くする。

港から十分も歩くと、博物館があった。世界の果てのこの土地は、昔は罪人が送られる場所であったようで、「監獄」が観光のひとつのキーワードになっている。
博物館は牢獄跡に建てられたものらしく、一緒に歩いていたルームメートは、囚人服をお土産に買うんだと、かなりはりきっていた。
監獄というところは、独特の雰囲気をもっている。暗い、せまい、こわい、世界の果ての監獄は、かなりの迫力があった。その中に閉じ込められていた囚人の写真がたくさん飾ってあったが、かの有名な横じまの囚人服を着ており、足かせをはめられていた。
冬はさぞ寒かろうと想像してみたが、普通のミーハーな日本人の女には、世界の果ての囚人の気持ちなどとうてい計り知れず、雰囲気を出すために物憂げな顔で写真を撮るだけ撮り、かわいいようなうすきみ悪いような囚人のキーホルダーを、ルームメートとおそろいで買った。

思いのほか監獄ではしゃいで時間を費やしてしまい、昼が近づいていたので、ピザという看板にひかれ、小さなイタリアンレストランに入った。
しかし、なぜ、ミディアムのピザを注文したのに、特大サイズがでてくるのだろうか。
半分オリーブオイルにつかった、グラタン皿に入った蟹の身を完食できる人はいるのだろうか。
南米の食べ物は、日本人十人に九人はおいしいと思うだろう。
しかし、十人が十人とも、一人前を食べられないと思う。そのような食文化である。

午後からは、自然満喫コースにした。
タクシーで国立公園に行き、ミニハイキングをした。
タクシーと言っても日本のタクシーとは少し違う。
「タクシーの、激安!三時間 自然満喫コース」といった感じだろうか。
タクシーのドライバーのおじちゃんが、景色がきれいなところとか、ハイキングコースの入り口でタクシーを止めてくれて、「さあ、いってきなさい。」と指示してくれる。約十箇所くらいのポイントで降ろしくれた。4人いたからということもあるが、一人たったの九百円程度だった。かなりお得である。
ここが、ウシュアイアですよってポイントで。

それにしても、湖の後ろに広がる雪山は壮大で、その上に広がる青い空と、心地いい風と、『世界の果て』というロマンチックなネーミングで、ここはなんてすばらしいところなんだと感動した。
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できれば恋人と湖のほとりにたたずんでおにぎりでも食べたかったが、私はルームメートの女の子と、タクシー代を浮かすために道で会った男友達と四人でいたので、しょうがなく、一人で湖のほとりにモデル気取りで体操座りなんかして、写真を撮った。

なんとも忘れがたい場所があった。川が流れる山の中に、白くて細い、葉のない木が生えている。
川には、その白い木の枝が小さいダムのように集まっていたり、そこらに転がっていたりしている。
とても薄い水色と白の、なんだか寂しげな、幻想的な、生気のないような世界を感じた。
倒れている白い木にとまった二羽の白い鳥だけが、生を感じさせるものであった。

『この世の果て』には、カラフルなかわいらしい町、自然の壮大さ、澄んだ色の美しさ、そして風の谷のナウシカのような、異次元の世界があった。
もしこの季節が冬ならば、もう二度と来たくないと思うほど極寒の地だろう。
そんな中もし監獄なんか行っていたら、ものすごく寒い、暗い、悪い人が送られる、地球のすみっこという印象を持ったかもしれない。
しかし、私たちが訪れたときは夏で、この土地では珍しい晴天。
天気に恵まれ、涼しいくらいの気温で過ごした『この世の果て』は、とてもきれいな、いつか南極に行く時はまた寄ろうと、でっかい夢をもたせてくれた町であった。



