地球一周の旅で、一番楽しみにしていた寄港地がイースター島だった。
なぜなら、理由は単純、とっても有名だからである。
イースター島に行ったなんて話は、今まで私は聞いたことがない。
イースター島のモアイなんていう存在は、テレビか本の中の話なのだ。
それが、現実になる。
このわくわく感があたしを若くしているんだろう。
イースター島といえば、モアイである。
しかし、一体全体、モアイとは何なのか。
なぜ作られたのか。
誰が作ったのか。
珍しく、その国の歴史に興味がでたので、イースターに着く前日、船の中の居酒屋でいっぱい飲みながら、イースター島について勉強をしてみた。
それがまたミステリアスなのである。
昔々、イースター島には、耳長族と、耳短族がおりました。
もうこの存在だけで、とっても不思議だ。
名前だけでもちょっと笑えるし、想像力がふくらむ。
どこまで耳は長かったのだろう。
短いというのは耳を切ってしまっていたのだろうか。
とにかく私が勉強したところ、耳長族が、耳短族にモアイを作らせていたらしいということがわかった。
自分の耳を眺めると、私はモアイをせっせと作るほうだなあと想像したり、やっぱり耳が大きい人は金持ちになるって言うしなあと、ちょっと隣に座っている友達の耳の大きさをチェックしたりしながら、資料を読み進めた。
あるとき、耳短族が、
「もうモアイなんか作るのはいやだ!」
と言って、反乱を起こし、作ったモアイを壊したり、倒したりした。
そして、その反乱で、その人々は絶滅してしまいましたとさ、というお話である。
とっても簡単に説明するとこんな感じになると思われる。
イースター島は、世界遺産であるとても小さい島であり、私たちの船は島の港に着くには大きすぎるということで、船の住人を二つにわけて、2日間にわたり、小さなゴムボートに小さなグループで島に渡る。

イースター島に着いて、初めて見たモアイ。
港に一体たたずんでいた。

モアイについてわからないことはたくさんある。
まず、モアイは一体なんなのか。
巨大な顔に、手はあるけど、足はない。
現在残っているモアイだけでも、千体ある。
なぜそんなにたくさん、巨大な像を作ったのか。
モアイを運ぶため、イースター島の山の木は全て切られ、今でも山は、はげ山である。
しかも、なんと、一体だけ、正座したモアイがいる。
私はこの目でしかと見た。
ガイドの人も、「正座モアイ」と勝手なネーミングで呼んでいた。

ときには、赤い帽子をかぶったモアイもいる。
「帽子モアイ」です。
これは私が勝手にネーミングした。
背が高いモアイもいれば、低いものもいる。
太っていたり、やせていたり。
私たちと同じように、モアイにもいろんな個性がある。
イースター島の絶景の海で海水浴をするため、水着で帽子モアイと。

この島では、ミニパイナップルが露店で売られている。
とっても甘くて、ひんやりしてて、すごくおいしい。

お土産やさんは、やっぱり露店。
この島は、世界遺産だから、建物って建てられないのかな。
お土産グッズは、やっぱりモアイグッズ。
思い出に、モアイ像のキーホルダーを買った。

モアイ工場と呼ばれるところに、連れていかれた。
モアイ工場という、また勝手なネーミングがつけられていたので、機会ががたがたとモアイを製造していたらちょっとがっかりだなと、いらぬ心配をしたのだが、着いてみると、大きな山に、作りかけのモアイや倒れたモアイなどが散在しているところだった。
大きな岩をくりぬいてモアイを作っていたのだということがよくわかった。

くりぬいたところで、耳短族が反乱を起こしたのだろうか。
そのモアイはくりぬかれただけで、地面に横たわったまま、移動されることなく、放置されたままである。
ガイドさんによると、モアイは作られ、移動されて、その場所に立てられたときに、精霊が宿るらしい。
ということは、このモアイ工場にいるモアイたちは、精霊は宿っていなくて、単なる石像だということになる。
それをいいことに、触ることが違法とされているモアイに、ちょんと触って一人こっそり感動した。
彼らには何の力も宿っていないのでバチがあたることはないはずだ。
数年前、モアイに自分の名前を彫って逮捕された日本人がいたということだが、あたしはなんとかばれずに無事船に帰って来れた。
耳短族に作られたモアイ
精霊が宿っているモアイ。
この小さい島を守っているモアイ。
世界遺産のモアイ。
多くの面をもつミステリアスなモアイだが、単なる石像といえばその通りだ。
それをどう見て感じるかは、その人それぞれ。
日本のお地蔵さんみたいと言ったおばちゃんもいる。
俺の友達にそっくりだと言った若者もいる。
あたしは、トイレに行きたくてあんまりしっかりと見れなかったのが少し残念だったが、こうやってモアイのことを本に書いているという自分にうっとりとできるだけで、行って幸せだと思っている。




